所長について(ダイジェスト)

 サバ臭い田舎町で暮らしていた小学1年生の時、アタリつきアイス「森永ピノ」が6個入りだということに我慢がならず、わずかな小遣い銭でアタリを確実に選び出し、心ゆくまでピノ食べたいという願望を抱く。

 そして、製造工程を推測(妄想)した結果、「アタリ箱は製造ロットが違うはずだ」という結論に至り、さっそく調査を開始。連日スーパーに通い詰め、少数だけに見られる「ミシン目の違い」を発見。これをロットの違いとみなし、見事に4回連続でアタリを引くことに成功。レジのマダムから購買禁止の憂き目に合う。しかし、この経験が後のプログラミング時における解析力と執念につながる。

 世の中のインベーダー旋風がおさまりかけた頃、中学校の友人から「アソコの電気屋に行けばタダでコンピュータがいじれる。プログラムを組めば自由にゲームが作れる」という耳寄りな情報がもたらされ、"そういう時代だった" のをいいことに、店員の迷惑も顧みず、毎週末に電気屋へ通い詰めてプログラム技術を習得。二年後には初期型MZシリーズとPC-6001でアセンブラによるプログラムが書けるほどに。

 しかし、世間一般に "青春" と呼ばれる頃にはすっかりその熱も冷め、今度は隣人の迷惑を顧みずにエレキギターをかき鳴らす日々を送る。その一方で、バンドの公演チラシをはさみとコピー機を駆使して製作し、早くもデザイナーとしての才能を発揮。ロトチェンコも舌を巻くようなコラージュ作品は、「未だ俺自身、超えられていない(本人談)」。

 学校を卒業後、増加する放射能施設からから逃れるように上京。都内某所の四畳半で自室警備員をしながらローリング・ストーンズからのオファーを待つ。しかし、待てど暮らせど連絡はなく(電話未保有)、しびれを切らして某編集部に雑用係として潜入。そこから系列の編集部へ未経験でありながら口八丁手八丁で "デザイナーとして" 入部したものの、そのフェイクが仇となり、あえなくドロップアウト。

 メディア業界への未練からか、東洋一の印刷所で日雇い工員をしてみたり、新聞勧誘という闇仕事に手を染めてみたりとわかりやすく人生を迷走していたが、ある日、高円寺を散歩中に舞い降りてきた年増の天使に導かれ、倒産したヒXX無線の社員たちがゾンビのように徘徊する秋葉原にたどり着く。コンピュータに再会。

 とりあえず電気屋の店員になりすまし、店頭の書籍とデモ機(Mac)でPhotoshopとIllustratorの技術を習得。他方、得意の口八丁手八丁で売りさばいた高額ソフトの怨霊にたたられたり、独立系牛丼屋「サンボ」のアナキズムに触発された影響で、借金地獄に苦しむ同僚のPC機材等を容赦なく買いたたいた後、ベイルアウト。再び自室警備員兼、自称音楽家に。

 そんな折、迫りくるDTPの波で「ひとヤマ当てよう」という山師たちから立て続けに連絡があり、所有はおろか、使ったことすらない "QuarkXPress" での仕事を、Macが使える(一応PSやAIも)というだけで安請け合いする。速攻で大枚をはたいてQXPを購入。「石橋を作りながら渡る」という荒業で仕事をこなしつつ、そのQXPとの格闘中にNiftyのDTPフォーラムで "QXPの自動化" という概念に出会う。

 ただし、それがAppleScriptで実現されていることを知っても、わざわざ「Future Basic」や「Real Basic」という遠回りでアマノジャクな道を経由し、ようやくInDesignでJavaScriptという王道の左端を歩む日々へ。

 2017年、悲願のファクトリー「中綴製作所」開設。

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